中條 哲也

第二回

いつのまにか、経営者……。

民間動物病院の院長は、獣医師としてのプロフェッショナルな能力だけではなく、病院経営・運営の力も求められ、その負担は計り知れません。いつまでも獣医師でいたい、臨床に立ちたい。けれど院長として、経営者にならなくてはいけない。そのようなジレンマについて、病院スタッフからの信頼が厚く「理想の院長」といわれている中條 哲也先生にお話を伺いました。

中條 哲也
(なかじょう てつや)

豊富な治療経験から来る確かな診断・手術技術により骨折や脱臼、靱帯断裂に悩む犬猫を治療し、再び「動き回る喜び」を与えている。その実績は多方面から支持され、学会での講演も多数。

専門家への入り口

 私が整形外科医になろうと決めたきっかけは、大学での研究室です。しかし、当時は専科専門の病院が少なかったこともあり、まずは一般診療で獣医師としての基本を学び、それと並行して大学病院で研修しながら、日々、スキルや知識を身につけていきました。その後、特任教員として大学に所属する機会に恵まれ、整形外科の専門家の道に踏み入りました。そしてその先のキャリアとして二次診療施設で働くことを選び、現在に至ります。

院長にとっての経営と診療

 現在所属するこの整形外科の二次診療施設では院長職を拝任しましたが、病院を経営・運営していくことはとても大変で、人事労務・財務や経理・在庫管理・集患活動など、診療業務以外のさまざまな課題に直面しました。
 二次診療施設の院長先生には、優れた獣医師でありながら、経営者としても病院を導くスーパーマンのような方々がおられます。私も獣医師としての努力は惜しまず注力しているつもりです。しかし経営業務に関しては負担でしかなく、以前はまさに四苦八苦しながらそれらに取り組んでいました。
 一方で現在は、経営や運営についてサポートしてもらえる体制があり、そのメリットは計り知れません。給与設定、労働時間管理、雇用契約書の作成、広告戦略など、獣医師の専門外の分野をすべて専門のスタッフがカバーしてくれます。それによって、獣医師が臨床に集中できる環境が整えられていることは大変心強く、感謝しています。

中條 哲也

 また、二次診療施設はかかりつけ医の先生方から専門性の高い診療、そして高精度の治療を期待されています。
 それらに応えるための知識量・技術力の向上と経営の両立は特に難しいですが、臨床と経営を分業する運営体制が浸透すれば、状況は大きく変わっていくと思います。実際、適切な設備投資、効果的な広告戦略、かかりつけ医の先生方との関係構築など、経営のプロフェッショナルならではの視点とアプローチによって、以前より多くの患者様と向き合う機会を得られています。
 病院によっては、経営が代わる、あるいは加入することで売上ノルマが厳しくなり、現場の獣医師に負担がかかるケースがあると聞きますが、当グループは現場が重視され、スタッフとのコミュニケーションを大切にしてくれているため、この点についてはまったく負担になっていません。

中條 哲也

「経営分離」というサポート

 私の経験の話になりますが、経営が別部門にあることで、病院スタッフと動物のご家族の双方に大きなメリットが生まれると思います。まず獣医師にとっては、経営のノウハウをもつスタッフからの学びの機会があることは、とても貴重な体験です。また、獣医師は精神的に負荷が高い職業ですが、業界外の視点から現場をサポートしてもらえることで救われているスタッフも多いと思います。それによって実務、精神面の安定が得られ、質の高い獣医療を提供できているという自負があります。
 そういった環境があると、獣医療の質が上がるだけでなく、各スタッフが細かい部分まで気を配る余裕が生まれます。清潔感がある病院、笑顔での対応、動物を大切に扱うことなど、診療外の要素もご家族の満足度に直結します。
経営のプロがこれらの点も重視してくれているため、安心して通院できる環境が整っており、満足度も高いです。

理想の院長&整形外科医になるために

 整形外科医として成長するためには、多数の文献を読む、多くの執刀経験を積むなど、本人の努力が必要です。それに加えて、院長としてはスタッフ教育も重要な要素です。各医院の院長先生方も試行錯誤を重ねながら、後進の育成に励んでいらっしゃることと思います。
 私たちのグループでは、国内有数の手術件数の多さを活かし、執刀医として独り立ちするまでの明確な基準を設けています。まず一定数の臨床経験を積んでもらい、上級医と一緒に手術を経験、その後は執刀したい手術のプレゼンテーションを行ってもらいます。過去の手術の画像や動画データを保管しているので、それらも活用しながら、疾患に関する最新文献や具体的な手術計画を説明し、合格すれば執刀できるようになります。執刀医になってからも、最初は上級医が側につくことで、成功体験を積めるようにしています。私も最初に執刀したときは緊張で手が震えるほどでしたが、先輩が「大丈夫、私がいます」と声をかけてくれたため、安心して手術ができました。私がスタッフを指導する場面では、良い緊張感を持ちつつも安心して手術に向き合える環境を用意できるよう心がけています。
 また、互いの経験をディスカッションしながら共有することでより良い治療法を見つけていくことも、大切だと思います。上から下への教育だけでなく、臨床的、学術的な観点から治療法を突き詰められる仲間たちとの日常会話の中での意見交換が、各々のより一層の成長につながっています。私たちは、グループ全体で互いのノウハウを共有し合うことが、最終的に個人のメリットにもつながると考えています。自分一人で成長しようとするのではなく、他の先生の手術を見て学んだり、反対に指導することで、自分自身も新しい視点を得られます。外科領域に限ってもさまざまな「1番」があると考えており、特殊な手術に特化されている先生、手術の速度を追求される先生、術野の美しさを重視される先生など、その志向性は多様です。そういう意味で、互いの強みを日常的に共有しながら多方面を強化できる当グループには、より良い獣医療を目指せる基盤があると思います。
 これは私たちの「社風」でもあるのですが、先輩が3年かかって覚えたことを自分が1年で、そして後輩は半年でできるようになる、そのような土壌を目指して工夫してきました。このグループにはその社風に共感するマインドを持った獣医師が集まっているので、志があれば一緒に成長できるはずです。

中條 哲也
中條 哲也
中條 哲也

整形外科医として、上を目指す

 院長になった今でも、手術が楽しいという初心はまったく変わりません。過去に著名な外科医の先生が、「(日々たくさんの動物を治していても)何の悔いもない完璧な手術は1年にわずかしかできない」といったニュアンスの発言をされていたことが心に残っています。つまり、手術とは完全なゴールを目指せるものではく、果てしなく改善の道が続いていくのだと思います。だからこそ、そこを目指して日々改善していくプロセスに楽しさを感じます。同じ手術を 200 回、300 回とやっていても、新しい発見があったり、1 年前の自分と比較して上達していることを実感できる瞬間があったり、そういったことが整形外科医を続けるモチベーションになっています。それは手術に集中できる当グループの環境があってこそですが、完璧に近い手術ができたと思える頻度を少しでも上げられるよう、今後も仲間とともに日々精進していこうと思います。

CLINIC NOTE 2025年5月号より転載

採用情報