佐々木 亜加梨

第一回

キャリアかプライベート、
どちらか諦めるべきですか?

「整形外科の二次診療施設」というだけで、敷居が高く、女性、育児、ワークライフバランスから最も縁遠く感じられるONEどうぶつ整形外科センターですが、編集部が実際に働く獣医師に話を聞くと、だいぶ違った印象を受けました。本稿では、日々の診療と子育てを両立されている、佐々木 亜加梨先生にお話を伺いました。

佐々木 亜加梨
(ささき あかり)

東京大学高度医療科学研究室出身。学部生時代は骨再生、大学院では軟骨再生と膝蓋骨脱臼をテーマに研究。整形外科一筋!一児の母。

獣医師のプライベートは
割り切りが必要?

 私が獣医師になることを決めた当時、「専門性を高める方向にキャリアを進めるのであれば、プライベートにはある程度の割り切りが必要。家庭と仕事の両立は難しいだろう」と考えていました。
 しかし、ここ 10 年ほどで、社会全体がワークライフバランスの重要性を見直すようになり、獣医療業界にも同様の動きが出ています。とはいえ、獣医師は動物の命に関わる仕事であるため緊急性の高い場面も多く、比較的プライベートの優先がしづらい職業に含まれると感じます。
 最適なバランスはなかなか見つからないものではありますが、まずは自分がどのような獣医師になり、どのような役割をもちたいか、プライベートの時間はどのように過ごしたいかを改めて考え、その理想を叶えられる環境を貪欲に探しに行くことが重要だと感じています。
 各々がそのような姿勢をとることで、業界全体の雰囲気もさらに変わっていくのではないでしょうか。

佐々木 亜加梨

ライフとワーク、どちらも大事

 私の場合、すでに子供がいる状態での入職でしたが、病院側は「時間に制限があるからといって、仕事にも制限をかける必要はない。活躍する方法はたくさんあるよ」と言ってくれました。働ける時間が限られている中でも最大限のパフォーマンスが発揮できるよう、そして自分なりに成長していける最適な働き方を、一緒になって考えてくれました。
 例えば、私は 17 時までの勤務ですが、手術は退勤までに完了できるようスケジュールを調整し、術後の処置は別のスタッフに任せるといったように、専門性の高い仕事に集中できる働き方が実現できています。
 仕事とプライベートのバランスは、子供が生まれてからの方がうまく取れています。以前は大学院で研究を行っていましたが、終わりが明確ではないため、ときには深夜まで研究に取り組み、帰宅後や休日も何か作業をするのが当然という状態でした。逆に育休中で子育てだけに向き合っている時間は、ときに息が詰まってしまうこともありました。当院で働くようになってからは、仕事と子育ての時間がキッパリと切り替えられて、どちらにもよりやりがいを感じられるようになり、双方によい影響があるメリハリのある生活が送れています。
 仕事とプライベートのバランスを保つことは、仕事のクオリティにもよい影響を与えると思っています。心身ともに消耗した状態では、最高のパフォーマンスを発揮することが難しくなります。どんな人でも、リフレッシュする時間、休息の時間を軽視してはいけないと考えています。

佐々木 亜加梨

「ママさん扱いされない」職場!?

 育児中の獣医師は、診療や手術のサポートなど、専門性をあまり必要とされない業務を任されることが多く、それはある程度仕方のないことだと思っていました。しかし、当院では病院全体で育児と仕事の両立への理解があります。私以外にも子育て中の先生が活躍していますし、私も働ける時間内でさまざまな仕事を任せてもらえています。勤務時間が制限されるからといって仕事が制限されることはありません。よい意味で、「ママさんだから」と特別扱いをされることはなく、「獣医師として成長したい」「活躍したい」という気持ちを率直に応援してくれる環境です。やる気のある限り手術やセミナーの登壇、論文執筆なども任せてもらえます。
 また指導体制も整っています。例えば動物のご家族とのコミュニケーションは獣医師にとって必要不可欠ですが、診断結果をどのように伝えるのか、治療方針への理解をどのように得るのか、そういった教科書に書かれていないことは現場で学ぶしかありません。コミュニケーションについても丁寧に指導してもらえる恵まれた環境だと感じています。仮に今の自分にとっては難度が高い仕事であっても、少し背伸びをして挑戦する機会をもらえます。そして「何かあれば必ずフォローアップする」という体制があるため、自身も前向きに挑戦できます。

学びの幅を広げる機会もほしい!

 また、動物病院によっては「診療が多忙過ぎて勉強の場への参加が難しい」「学会やセミナーには院長クラスが優先して参加するため順番が回ってこない」という話も聞きます。そんな中、当院では学会への参加も推奨されています。学会参加費の補助はもちろんのこと、学会へ参加する時間は、勤務時間内の出張扱いとしてくれます。
 その他、月に 1 回のオンライン症例検討会や米国獣医師との意見交換なども行っています。もちろん、日常的に院長や仲間と症例についての相談や議論ができる関係性や環境も整っています。学ぶことに関して制限がなく後押しをしてもらえることは、本当に有難いと感じています。

佐々木 亜加梨

なぜ二次診療なのか。
なぜ整形外科なのか。

 人や動物の悲しんでいる顔を見るのがとても辛く、「できる限り笑顔を見ることができる仕事がしたい」という想いをもっていました。そんな私にとって、治療を通してたくさんの動物やご家族の笑顔を見ることができる整形外科は、ぴったりな分野だと感じています。あらゆる分野を網羅できることが望ましいのではと考えたこともありますが、時間の制限がある中で、「獣医師としての存在価値を高め、動物たちに最良の治療を与える」ために、整形外科という一つの分野を深く極める道を選びました。
 また、完全予約制の二次診療施設であることも働きやすさに大きく関わっていると感じています。午前中は診察、午後は手術というように、1日の見通しが立てやすい環境です。休みについても前もって予約を調整できるため、必要に応じて取得が可能です。ワークライフバランスを保ちながら専門性を極められることは、二次診療施設ならではの強みかもしれません。
 現在は手術のトレーニング中で、まだ経験は浅いものの自分なりに成長を実感しています。また、目の前の症例だけではなく、広く獣医療に貢献するような研究に、より力を入れていきたいというビジョンもあります。たくさんの症例を経験していると、教科書に書かれている内容と実際の臨床現場での乖離を感じる場面も多々あります。経験に基づくエビデンスを、症例数の多い施設だからこそ積極的に発信していく必要があると考えています。これらの地道な研究活動も私たちの重要な仕事です。今までの経験をすべて活用し、臨床、研究、プライベート、どれも同じくらい大事にして、自分なりのスピードで進んでいきたいと思います。

佐々木 亜加梨

CLINIC NOTE 2025年4月号より転載